少女マンガにはなぜ恋愛がつきものなのか?
雑記です。
少女マンガひいては女性マンガには、舞台が学校・会社・異世界であろうと、内容が学校生活・スポーツ・オカルトであろうと、
なぜ恋愛というテーマが並走していることが多いのかなあ?
と思っていました。なくても話自体は成り立ちます。感動だって出来ます。
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それで思ったのは、
“恋愛って、自己の完成に必要なのかもしれない”
ということ。
星占いで言えば、片想いは5ハウス。両想い・パートナーシップは7ハウス。
5ハウスについては以前ニコプラで書きました。
(「恋とマンガから、自分を見つける 羽海野チカさんのマンガより」)
片想いは、“自分の中の神聖な部分を見ること”だと思うのです。ちょうど、アイドルに自分の中の光を見るような、再確認の作業。それに自分で気付きながら、自分らしさを築き上げて行きます。
一方、7ハウスは、相手から“そこにいてもいいよ”と言われるような、名前を呼ばれて初めて自分が自分であることに自信が持てるようなハウス。
人間が二人いないと、自分が人間だと分からないような、そんなのと同じだと思います。
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そんな風に、恋愛って実は、“自分という存在を確認させる出来事”なのだと思いました。
そういう意味では、闘いを通して超サイヤ人になっていく、あの少年ジャンプのレベルアップ感と一緒ですね。
しかし色んな自己確認の方法がある中で、恋愛でなければ満たされない、いくつかの成長領域が出てくる。
腕力よりも意志の力よりも、一人じゃ出来ないような力。
きっとそれは人生でも同じで、なくても生きていけるのだけど、ないと自己が成り立たないような、そんな不完全さが恋愛における力なのではないか、と思うのでした。
少女マンガとか、恋愛とか、なめちゃいかんよってことですね(断言)
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